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盛岡より [日記]

五日夜に電気回復。
初めて映像をみた時は本当にショックでした。

知っている街が。友人が、知人が、親戚がいる街が。
住んでいた街が。

泣きそうになるのを堪えています。
上の娘は、とても元気だけれど、余震、風で窓が鳴る度に怖がっています。
様子をみがてら買い物に行きたいが、抱っこでなきゃ嫌だと言ってます。


直後はずっと震えていました。
下の子も、ずっとぐずっています。


私は娘二人とスーパーにいました。
下の子をおんぶしていたので、上の子を抱えて外にでました。

自宅は近いのですぐ歩いてアパートへ戻ると、
出ていた近所の方や同じ社宅の皆様と話をする、その間も続く余震。
夫からは連絡がある。ただし支店からはまだまだ帰れないとの事(他の旦那さんも同じく)

それぞれ一度部屋に戻ると、怖がって離れないなっちゃん、背中で泣くみーちゃん。
なんとか部屋の中からラジオと電池を引っ張り出し、情報を聞く。

どんどん暗くなり、雪も降り始め、外に出るのは厳しいと感じる。
寒いので布団にくるまろうとすると寝る、と泣く娘。
横になって布団に入ると、平常心を保とうとしたのか、絵本を読んでいつものように寝たがる。
だが余震の度に震える。
途方にくれていると、市内の義父母が向かっていると夫から電話。

au同士はまだまれにつながるが、docomoとはだめ。
auトップも、171も、ツイッターも、初めは見られたmixiにもつながらなくなる

義父母が到着し、私もホッとした所に夫一時帰宅、防寒用に着替えを持ちまた支店へ。

私たちは旦那実家ですごす。食料も明るいうちに義母が用意していたので充分。

横になっても揺れるので大人はあまり寝られなかったが、
上の娘は寝てくれてよかった。

昨日は夫は一日仕事へ。義父は仕事へ顔を出したあと、買い出しへ行ってくれ、小さい薬局でオムツや食料を確保。
スーパーやドラッグストアはどこも100人以上が並んでいたそうだ。

昼から断水。
夜また暗い中不安だったが電気が復旧してほっとする。

昨夜自宅アパートへ戻りました。
陸前高田の友人家族の無事がわかり泣きました。

今後も余震が不安で仕方ありませんが、
うちはライフラインすべて復旧しました。

被災地の皆さんが、一人でも多く早く救助され、
支援の手が行き届きますように。

何ができるか。夫の会社は盛岡本社で県内、東北に支店がたくさんあります。
沿岸の支店は壊滅的、今後の対応がどうなるか。不安です。
今日も対応に追われると思います。


私が住んでいたアパートにも知り合いが孤立しています。
手を貸したくても一般人は荷物を送ることもできません。
こちらもガソリンに限りがあり、子供もいて、行くことも難しいです。
本当に、被災地の皆さんに、少しでも早く、支援の手が行き届きますよう。
充分な水と食料を。
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ゆりこ

東北に友人知人のいない私が真っ先に思い浮かんだのが
あにゃさんのことでした。

こちらのスーパーでは、水や食糧をケースで送っている方を
たくさん見かけました。

救助を待つ人たち、一人でも多くの命が助かりますように。
そして、被災地の方たちが一日も早く、
安心した暮らしに戻れますように。
by ゆりこ (2011-03-14 16:27) 

あにゃ

>ゆりこさん
ありがとうございます。
阪神・淡路大震災の時のショックは、遠くにいた私ですら忘れられないけれど、
やはり当事者になると思い知らされることがたくさんあります。

今、個人の宅配便は荷受け・差出ともにストップ、
市のゴミ収集や生協の宅配も中止、
夫の会社の人事異動も凍結、イベントも中止。
卒業式、入学式も延期や中止になっている学校がたくさんあります。
またニュースになっている通り、被害のほとんどない盛岡ですら物資が不足しています。(東京も…)
いろんな事が不安です。でも、被災地に比べれば…。

しばらく気持ちが落ち着かなかったけれど、子どもたちが不安を抱えなくて済むよう私がしっかりしなきゃですね。
避難所も、病院も、かなり切迫した状況です。
一人でも多くの人が助かることを、私も祈ります。
by あにゃ (2011-03-18 00:57) 

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